カ(蚊、英名 Mosquito)は、ハエ目(双翅目)・糸角亜目・カ科 (Culicidae) に属する昆虫である。ハマダラカ属、イエカ属、ヤブカ属、ナガハシカ属など35属、約2,500種が存在する。ヒトなどから吸血し、各種の病気を媒介する衛生害虫である
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成虫はハエと同様、2枚の翅を持ち、後翅は退化して平均棍になっている。細長い体型で、頭は丸く、足は長い。大きさはさまざまだが、ほとんどは15mm以下である。飛行能力は低く、エアコン、扇風機といったわずかな風によって飛行障害を起こしてしまう(そのため、エアコン、扇風機といったものの前にいれば刺されにくい)が、人間の叩く行為などには機敏に反応し、高い回避能力も有する。
重量はわずか2-2.5mg、飛行速度は約1.5-2.5km/hほどであり、通常でも1秒間に520回以上羽ばたくが、吸血後は体が重くなるため大幅に羽ばたく回数が増え、それに伴い飛行速度は落ちる。カの飛翔距離やそれに起因する行動圏の広さは種によって様々である。長崎県における調査によるとコガタアカイエカの通常の1日の行動範囲は1km程度であるが、中には1日で5.1kmの距離を飛ぶ個体もあり、また同種が潮岬南方500kmの位置から採集されている。これは風速を考慮すると高知県から24時間、あるいは静岡県から19時間で到達したと考えられている。その一方で、バンコクにおけるネッタイシマカの調査では24時間で37mしか移動していないことが記録されている。JICAの公表する資料によれば、ハマダラカの中でタンザニアのダルエスサラーム市(最大都市)とタンガ市(北部の港湾都市)で流行している土着マラリアの主要な媒介蚊である Anopheles gambiae(真水で棲息)と An. merus(塩水で棲息)の成虫の飛翔範囲は幼虫棲息地を中心に数百mであるという。また同じハマダラカ類で、一日の飛翔距離は An. funestus で800 m 程度、An. pharoensis で9kmであることが記録されている。
蚊の最も古い化石は1億7千万年前の中生代ジュラ紀の地層から発見されている。
Culiseta longiareolata (Macquart, 1838) のメス全てのカはオスもメスも長い口吻を持つ。この口吻は円筒状に巻いた上唇が食物を吸収する管となり、その下面には唾液を送り込む管となっている下咽頭、左右には針状の大顎、小顎が添えられている。そしてその全体を樋状になった下唇が鞘となって保護している。吸血に際しては下唇以外の部分が、大顎先端の鋸歯で切り開かれた傷に侵入していき、毛細血管を探り当てる。通常の餌は植物の蜜や果汁などの糖分を含む液体だが、メスは卵を発達させるために必要なタンパク質を得るために吸血する。吸血の対象はヒトを含む哺乳類や鳥類だが、爬虫類・両生類・魚類から吸血する種類もある。オスはメスと違い、血を吸うことはない。またオオカ亜科の場合、メスであっても吸血を行わない。
吸血の際は皮膚を突き刺し、吸血を容易にする様々なタンパク質などの生理活性物質を含む唾液を注入(この唾液により血小板の凝固反応は妨げられる)した後に吸血に入る。この唾液が、人体にアレルギー反応を引き起こし、その結果として血管拡張などにより痒みを生ずる。
唾液は本来、吸引した血とともに蚊の体内に戻される。血液を吸引し終われば、刺された箇所の痒みはさほど感じることはない。何らかの理由で吸引を中断し飛び立った場合、唾液を刺された体内に残したままであるため、痒みが残る。蚊を叩き落す際、上から潰すと唾液が体内へ流れ込むため、指で弾き飛ばすと、痒みを抑えることができる。
蚊の羽音は300Hz-600Hz(およそE4-E5)程度であり、種類によって異なる。羽音を利用した誘殺駆除や忌避グッズもあるが、忌避グッズによっては羽音の10倍もの倍音を持つ3000-6000Hzの音を発するものもある。こういった超音波や音波で蚊を避けるグッズは、2007年11月20日、公正取引委員会により、公的機関での実験の結果効果が認められないとされ、景品表示法違反による排除命令が出された。
生活環
一生のうちで、卵 - 幼虫 - 蛹 - 成虫という完全変態をおこなう。
卵はヤブカ類では水際に、オオカ類やハマダラカ類では水面にばらばらに産み付けるがイエカ類では水面に卵舟と呼ばれるボート状の卵塊を浮かべ、数日のうちに孵化する。
ボウフラ(幼虫)幼虫は全身を使って棒を振るような泳ぎをすることからボウフラ(孑孒(孑孑は誤表記))、地方によってはボウフリとよばれる。ボウフラは定期的に水面に浮上して空気呼吸をしつつ、水中や水底で摂食活動を行う。呼吸管の近くにある鰓は呼吸のためではなく、塩分の調節に使われると考えられている。生息場所としては、主に流れのない汚れた沼や池などに生息するが、ハマダラカの一部などで知られるようにきれいな水を好むものや、それ以外にも水たまりや水の入った容器の中など、わずかな水場でも生息するものがいる。トウゴウヤブカにみられるように、海水が混じるため海浜部にある岩礁の窪みの、しばしば高い塩分濃度になる水たまりにも生息するものも知られる。ボウフラは環境の変化には弱く、水質が変化したり、水がなくなったりすると死滅しやすい。水に川のような流れがあると生活できないものもいるが、渓流のよどみを主な生活場所とするものもいる。特殊な環境で成長する種類もおり、樹木に着生したアナナス類の葉の間にたまった水、食虫植物のサラセニアの捕虫器内の水、波打際のカニの巣穴内などで成長する種類もいる。ボウフラは空気を呼吸するのに尾端にある吸管を使用するが、ハマダラカ類では呼吸管がないため、体を水面に平行に浮かべて、背面の気門を直接水面に接して呼吸する。幼虫のほとんどは水中のデトリタスや細菌類などを食べ、ハマダラカ類では水面に吸着した微生物、イエカ類では水中に浮遊する微生物や細かいデトリタス粒子、ヤブカ類では水底に沈んだ粗大なデトリタス塊を摂食する傾向が強い。オオカ亜科の幼虫は他の蚊の幼虫を捕食する。
蛹はオニボウフラとよばれる。胸から伸びた呼吸管が鬼の角のように見えることに由来する。他の昆虫の蛹と同じく餌はとらないが、幼虫と同じくらい活動的である。呼吸は胸の「ホルン」と呼ばれる器官を使って行う。
卵から蛹までの期間は種や温度によって変わる。イエカの一種Culex tarsalisは、20℃の環境では14日で生活環を完成させるが、25℃の環境では10日である。
ハマダラカ亜科 Anophelinae
シナハマダラカ Anopheles (Anopheles) sinensis Wiedemann, 1828
オオツルハマダラカ Anopheles hyrcanus lesteri Baisus et Hu, 1936
ナミカ亜科 Culicinae
ヤマトヤブカ Aedes (Finlaya) japonicus japonicus (Theobald, 1901)
トウゴウヤブカ Aedes (Finlaya) togoi (Theobald, 1907)
チシマヤブカ Aedes (Ochlerotatus) punctor (Kirby, 1837)
ネッタイシマカ Aedes (Stegomyia) aegypti (Linnaeus, 1762)
ヒトスジシマカ Aedes (Stegomyia) albopictus (Skuse, 1894)
オオクロヤブカ Armigeres (Armigeres) subalbatus (Coquillett, 1898)
チカイエカ Culex (Culex) pipiens molestus Forskal, 1775
アカイエカ Culex (Culex) pipiens pallens Coquillett, 1898
ネッタイイエカ Culex (Culex) pipiens quinquefasciatus Say, 1823
コガタアカイエカ Culex (Culex) tritaeniorhynchus Giles, 1901
オオカ亜科 Toxorhynchitinae
トワダオオカ Toxorhynchites (Toxorhynchites) towadensis
メスが人体の血液を吸い取って痒みを生じさせる以外に、伝染病の有力な媒介者ともなる。マラリアなどの原生動物病原体、フィラリアなどの線虫病原体、黄熱病、デング熱、脳炎、ウエストナイル熱、チクングンヤ熱などのウイルス病原体を媒介する。日本を含む東南アジアでは、主にコガタアカイエカが日本脳炎を媒介する。
地球温暖化の影響で範囲が広くなっている問題もある。
駆除法は薬物による駆除と生物による駆除に大別される。カの防除を目的に広められた帰化動物としてカダヤシがある。
薬物による駆除
現代的な駆除は、家庭内では蚊取線香や蚊取りリキッドなどを夜間に使用して駆除を行う。 蚊のための殺虫剤は以下のとおり。
ピレスロイド系殺虫剤
除虫菊の成分を改変した一連の化合物。即効性で、家庭用としても多用される。揮発性は一部の化合物を除いて低い。除虫菊の殺虫成分は分解が早く、殺虫効力の低い異性体が多く混じっているため効力が低いためにさまざまな構造の化合物が開発されている。除虫菊は、かつて渦巻き形でおなじみの点火して使う蚊取り線香の成分として使われていたが、現在ではほとんどが合成である。忌避性もあるため、開発途上国ではピレスロイド系殺虫剤を練り込んだ蚊帳をWHOが採用して、普及を目指している。
有機リン系殺虫剤
ピレスロイドと比較して相対的に毒性が高いため防除業者用として用いられている。DDVPは揮発性が高いためにビルの地下等、閉鎖空間での防除に利用される。
DEET
忌避剤であり殺虫力はない。主に野外活動時に皮膚に塗ったり、特殊な加工により衣服などに染みこませて用いる。忌避剤は一部後継が開発されてはきているが、効力や実績がDEETに匹敵するものは今のところほとんどなく、一番多く用いられる。
BT
土壌微生物Bacillus thuringiensisのislaelensis株は蚊に対して殺虫効果を示すが、現在では価格が高く、利用できる場面も限られているため今後の応用が期待されている。
DDT
環境や人体への影響が危惧されている薬剤であるが、デメリットを考慮してもなお、南アジアなどマラリアなどによる被害が遙かに大きい地域で限定的に用いられる。
天然物を利用したものとして、
キャットニップの製油成分ネペタラクトン(Nepetalactone)
シトロネラ油あるいはユーカリ油からの抽出成分
等がある。一部の種は柑橘系の樹木・果実を嫌う習性があり、夏みかん等の果実の皮汁・果汁を人体に塗布する地方もある。
古くから「墓地の花入れに10円玉を入れておくと、蚊が湧かない」という言い伝えがあるが、実際に水の中に銅片を入れておいたり、水を銅製容器に張っておいたりすることでボウフラの発生を防ぐ効果があるらしいことが分かり、2006年6月ごろから社団法人日本銅センター(JCDA)が中心となって実証実験を始めている。今後の展開が期待を集めている。
生物による駆除
殺虫剤を使用する他にも、蚊を食べる特別な動物を使う(天敵用法)か、蚊を殺す伝染病を感染させることでも駆除を行うことができる。一番手っ取り早い駆除方法は、水がたまりやすい植木鉢などを屋外に出さないようにしてボウフラの発生自体を抑える事である。トンボやクモはよく知られた蚊の捕食者であり、効果的に蚊の駆除を行う。トンボの幼虫のヤゴは水中で蚊の幼虫を食べ、成虫のトンボは成虫の蚊を食べる。昼行性の蚊、たとえばヒトスジシマカなどにとってトンボは有力な捕食者となりうる。自然保護地区でもメダカとカダヤシ(特定外来生物に指定)とウナギの稚魚等によって蚊の駆除が行われている。
ボウフラは淡水に住む肉食性の小型魚類にとって格好の餌となり、屋外の池などには鮒などを生息させて捕食させる。
物理的に蚊を避ける方法としては、蚊帳や網戸が用いられる。 物理的防除や生物的防除だけでは現実的な効果に限界があり、特に感染症の発生時など緊急時には即効性が求められるため、殺虫剤が用いられているのが現実である。日本において蚊に用いる殺虫剤は薬事法に則り、厚生労働省が承認した、医薬部外品として取り扱われる。
代表的な駆除器具
蚊取り線香
蚊遣器
代表的なメーカー
金鳥(大日本除虫菊)
アース製薬
蚊に刺されやすい人、刺されにくい人
よく刺されやすい血液型と、刺されにくい血液型があるといわれる。これに関して検証した事例は世界的に見てもほとんど無いが、富山医科薬科大学(現、富山大学)で研究が行われ、論文が公表された。
しかし、血液型性格分類でされる批判と同じく、数ある血液型の中で特別ABO式を基準にする科学的根拠はなく、蚊の吸血行動に影響を与えそうな血液型由来の物質も現在のところ知られていない。これらのことから、刺されやすい血液型と、刺されにくい血液型があるという説は、科学的に否定的な見方が強い。
蚊は二酸化炭素の密度が多いところへ、周りより温度が高いところへ向かう習性がある。体温、におい、周りとの二酸化炭素の密度の違いなどで血を吸う相手を探している。そのため体温が高く、呼吸回数が多い、つまり新陳代謝が激しい人は特に刺されやすい。普段は刺されにくい人でも、新陳代謝量が増える運動をした後や、ビールを飲んだ後は刺されやすくなる。
黒色の服は熱を吸収しやすいため、黒い服を着ていても刺されやすくなる。白色の服は熱を吸収しにくいので、刺されにくくなる。成人(25〜30以上)になると可聴音の範囲が徐々に狭まり、蚊がだす高音域の羽音を聞き取ることが困難となり接近しているのがわからず刺されやすくなる。
言葉
ボウフラ、別名の「棒振り」「棒振り虫」は夏の季語である。
英語の"mosquito" という単語は、スペイン語もしくはポルトガル語に由来し、「蝿」を意味する mosca に指小辞のついたものである。この語の使用された記録は1583年にさかのぼる。